「深い河」遠藤周作著 (講談社文庫)
紹介者宮田 憲治さん
私は35歳の時、中学校の理科教諭の影響でキリスト教に入信したものの、半信半疑の信仰生活だった。そのような信仰生活に拍車をかける話を耳にした。
1974年に得度した瀬戸内寂聴先生は、当初キリスト教に入信するつもりだったそうだが、遠藤周作氏が紹介した神父さんが寂聴先生に人生相談をしたものだから、幻滅して僧侶の道を選んだというのだ。つくづく信仰とは難解なものだと思う。
『深い河』の主人公大津は、カトリック男子修道会の経営する大学の哲学科の学生で、クリスチャン家庭に育ち洗礼を受けていて、童貞との噂もある。大津は「モイラ」との諢名を持つ成瀬美津子の面白半分の誘惑に負けてしまう。(*モイラ=ジュリアン・グリーンの小説「モイラ」の主人公モイラは、自分の家に下宿した清教徒の学生ジョセフを面白半分に誘惑した娘)
一途にキリスト教を信じようとする大津は、南仏アルディシュにある修錬院で肉体労働に明け暮れるが、ヨーロッパの基督教の意識的、理性的なところに違和感を抱くようになる。やがて彼は、神は人間の外にあるものではなくて、人間や樹や草花を包む命ではないかと考えるようになると、ヨーロッパの基督教から汎神論的と非難をあびるようになる。
舞台は、生と死が混在する「ガンジス河」である。そこで大津は、遺体を運ぶボランティアに従事する。大津を軽視しながらも忘れることのできない成瀬美津子、癌を患い他界した妻の啓子と約束した転生を信じて渡印する沼田、ビルマ戦線でマラリヤや飢餓から絶望し、戦友の人肉を食べて復員した木口。木口はビルマ戦線の出来事が忘れられず、酒を暴飲して他界した戦友塚田などを慰霊するために渡印する。それらの人々を複線にして、果たして『深い河』の結末は。
大津が事故で、「危篤だそうです。1時間ほど前から状態が急変しました」で閉じられる。
《キーポイント》
遺体を運ぶ大津に美津子は、「憎しみとエゴイズムしかない世の中が変わる筈がない」
大津から美津子へ「玉ねぎ(キリスト)は私のうちに生きている。それが転生ではないか」