徳島文学協会

わたしのイチオシ小説

第2回 2018年5月19日開催

「ウインドアイ」ブライアン・エヴンソン 柴田元幸訳 (新潮クレスト・ブックス)


車座になって順番にプレゼン

本の表紙を見せながら紹介

イチオシ小説決定

紹介者久保 訓子さん

きれいな表紙に、多少ぶ厚い紙触りは指に心地良く温かい。そして心は海外の小説を読むのだぞという勢いに満たされる。新潮クレスト・ブックス、お値段がいいので、たいていはアマゾンを通しての古本でということになるのだが。
この度の私のイチオシは、ブライアン・エヴンソンの「ウインドアイ」。表紙には茶色い髪で瞳のない少年と、青黒い木立と窓のある家の前に立つ小さな少女が描かれている。
「彼の少年時代、一家は素朴な家で暮らしていた……」という書き出しから始まり、少年であった彼はいつも妹と遊んでいた。とくに古びた壁板に指を突っ込んで「何かある」と妹はいい、彼は「それってつるつるしてるかい?」とか「目が動く感じかい?」とかと返して楽しんでいた。でもあるときこの家の窓は変で、内側の窓と外側の窓の数がどうも合わないことに気付く。妹を家の内側に立たせ手を振らせるが、やっぱり妹の見えない窓がひとつだけあった。彼は、妹が生まれる前祖母が窓を「ウインドアイ」と呼んでいたことを思い出し、窓とはそこから外を見るのではなくて、風が家の中を見るってことなんだと妹に教えることになる。
ある日彼の目の前で、怖いもの知らずの妹が窓から身を乗り出して遊んでいるうちに風の目の中に吸い込まれるようにいなくなってしまう。そのことを母にいうと、「あんたに妹なんていないわよ、いたことなんてないのよ。ふりをするのはやめなさい」といわれて長い年月彼は思い悩むことになる。年月を経て周りが死んでしまい自分一人になっても、息の吸い方を間違えたら世界のどこかが消えてしまい、自分が妹の実在を信じるのをやめてしまったら妹の存在にどんな望みが残るかと考える。
ブライアン・エヴンソンの小説は、野戦病院で実は耳のない筈の男が一夜明けると耳を縫い付けられていて、その耳がしなやかに折れ曲がって息づいているように感じられる話だとか、見たものは赤ん坊っだったのか人形だったのかをセラピストに問い続ける男の話だとか……。エヴンソン自身は知覚の喪失と変容の物語化だというが、面白くて価値観が揺すぶられてしかもかなりしつこく、読み難くもある。
エヴンソンの物語を読むと、自分なのだと思っている容れ物を外から眺めている自分やさらにその自分を見ている自分が見えて、それもご飯を食べたり人に会ったりしていると忘れているのだが、ふとした時には足元を掴まれて穴ぐらにでも引っ張り込まれるような気分になってとても怖い。


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